わたしの人生の中で最も貴いもの、最大の幸福、そして不幸。それらは全てわたしの体内にあると思う。あなたと同じ色の朱。同じブレンドの鮮やかさ。わたしとあなたとを地上において結びつけた後、小気味いいぐらいに限りなく遠く分け隔ててくれるもの。お父さんとお母さんを恨んでいいのか、感謝すればいいのか分からないよ。
排水口に滴り落ちてやがて水に混じって薄れる血液を眺めながらそんなことを考えていた。生れ落ちたときは何よりも濃いのに、地に落ちて混じってしまえば見分けが付かないほど希釈されてただの液体になってしまう。まるであなたとわたしのようだと思った。昔はもっと近しかったね。最近どんどん遠くなるね。
「粧裕?なんか音したけど?」
それでも。
心はどんなに遠くても、同じ屋根の下にいるという幸福はまだわたしを見捨てていない。
「あっ」「ぎゃっ」
「何やってるんだ、粧裕、血が…」
「包丁が滑って切っちゃった」
この硬い林檎が、と犯人を名指しで訴える。まな板の上にはわたしと相打ちになった無残な死体が転がっていた。一滴落ちたわたしの血はアクセントのように瑞々しい断面に映えている。彼はそれに一瞬視線をやって。
「後で食べてやるよ」
ああ。
「それより今は…」
かみさま。
「血、まだ流れてるじゃないか」
この人はなんていうことを。
(血を舐めたりしないで)
幸福と不幸はここでは同じ抽斗にしまわれていてわたしは片方を見ず残りを取り出すことができない。これがルール。だから気が遠くなるような幸福な時間を、わたしは死体のように硬直して過ごした。この瞬間の幸福を噛みしめるとき、これ以上はないのだと思い知らされる。含まれた傷口よりも心臓が痛かった。
「お兄ちゃん」
「ん」
「・・・もしかしてお兄ちゃんがキラ?」
「なんで?」
「心臓がバクバクして壊れそう」
「粧裕、出血多量なんじゃない?」
不適な笑みを浮かべた彼は、そのあと、わたしの血で飾られた林檎を残らず食べてくれた。交わることができないのなら。元は同じ朱なのだから。わたしの血を全てあなたに混ぜてしまいたい、と思った。
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さゆちゃんこないだより大人になりました。この調子でどんどん成長し
やがて立派な黒さゆさんになります。
その日まで頑張って書こうと思います。いつの日か・・・。