神鳴


    早すぎた4月の雷が窓を揺らして閃光を散らすのも、彼が寝返りを打つのも全部が全部、神が定めたことだろうか。神を信じてはいないが、近頃いつもどこにいても、私を見ている視線を感じるのは、私が心に疾しいことを隠し持っているせいなのか。自分がしてきたことを罪だと思ったことはないが、これから先私が為すことが全て罪ではないと言い切ることはできない。疚しさは既に実体化している。この、美しい生き物が私の罪そのものだ。

「あ、雷」

    寝返りを打った彼が薄目をあけて呟いた。覚醒しきっていない、体半分、どこか異界に置き忘れたような雰囲気を漂わせてそれは大層艶っぽかった。上体を起こして、高層ビル群の避雷針に吸い込まれる稲妻を眺めていた私を寝具の中に引っ張り込む。

「竜崎、隠れろ、急げ、逃げ込め」
   薄物の下で密着した彼は子供のように体温が高かった。私の耳元に口を寄せて彼は囁く。
「−−−昔から雷は神の怒りだって言うだろ?」
「だから隠してくれたんですか?」
「竜崎は色々と怒られそうだからね」
「それは君でしょう」
   もし、神がいるなら、その忠実な羊が大量に虐殺されていることをなんと思うのだろうか?出来のいい執行人の存在を喜ぶとは到底思えない。悪戯が過ぎる彼に天上から裁きが下る前になんとしてでも捕まえたいと思っている私こそ神と張り合おうとしてはいないか。

「僕は日本一真面目な大学生だよ」
と婀娜っぽく微笑む彼の鼻を冗談めかして摘む。
「君とこんなことしているから私に天罰が下るのでしょうか?」
「さあどうだろうね?」
   素早く唇を奪った瞬間、大轟音でガラスが震えた。不夜城の明かりよりも更に激しい明滅が背徳の都市を切り裂いている。光と沈黙と轟音のエンドレスループ。
「・・・やっぱり神様が怒ってるんだよ」
   なるほど。彼を気が狂うほど愛することは十分罪となり得るらしい。それは探偵の価値観とも一致する。エレクトリカルとも思える神の感情の発露に目を奪われた隙に、彼は素早く体を反転させて逃げ出してしまった。失われた空間の隙間風を囲って彼を眺めていると素早く衣服を身に着けだした。

「何してるんです?」
「ん、帰る」

   シャツのボタンを留めながら振り返った彼は、見知らぬ優しさを抱いている。そこには色の欠片すらなく。例えて言うならそれは子供の頃の思い出。ホットミルク。庭に咲くマーガレット。母親が作ったパンケーキ…。

    母親など知らない私にそこまで連想させた彼に恐れ入った。犯罪者を裁いているうちに神の慈愛でも身に付けたか、と背筋が震える。

「粧裕、が」 

だが、紡がれた単語は想像もしなかったものだった。

「粧裕、さん」 
馬鹿みたいに繰り返してしまう。
「粧裕が、雷を怖がるんだ」
「妹さんが」
「そう」

    そのときの彼はまさしく慈愛のサンプル。

「こんな日は、いつも僕の部屋に来るんだ。一人で寝るのが怖いんだよ、あの子。僕がいないと心細いと思うから、帰る」

「待ってください、妹さん、いくつでしたっけ?」
「えっと、僕より3つ下だから、15かな」 
   妹のことを思い浮かべていたのか軽く首を傾げてドアノブに手をかける彼を押しとどめる。妹などいなくても、母さえいなくても、分かる。一体どこの世界の15歳が兄の布団に潜り込むというのか。度を過ぎた天然め、お前の妹の後ろに黒い尻尾が見えても不思議はない。

「妹さんと一緒に寝るんですね?」
「そうだね、一緒に寝てるね、こんな日は」
「私と寝た後でシャワーも浴びずに?」
「ああ、成る程。ご心配ありがとう。家に帰ったら浴びるよ」

   あっけに取られた私を残して彼は身軽に私の檻から逃げだした。シャワーを浴びていない彼から日向の花の香りがした。やられた。
(ヤガミサユ)
   敵の名前を認識する。想定外のファクター。神よりこちらのほうが強敵か。

   鳴り止まない神鳴は、私と彼と彼女の上に等しく潅ぐ。私たち全て神の怒りを買うには十分に違いない。私の代わりに彼のベッドに潜り込むだろう少女を思い浮かべて早く鳴り止めと神を恨んだ。








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さゆちゃんは雷など怖がっていません。口実です。
竜崎が最近誰かに見られているのは神様ではなくてリュークです。


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