「夜神、ちょっといいか?」
デスクで資料作成している月の背後から聞きなれた声がふってきた。
(いやだ、顔をあげたくない、絶対。こんな男は知らない)
聞こえないふりでキーボードを叩く。
「夜神、聞こえているだろう」
・・・読まれている。苛立ちがあからさまに分かるように、激しくエンターキーを叩きつけて月は振り返った。
「なんでしょうか、魅上さん」
くっきりはっきりと笑顔を作ってやったのに、男は無表情のまま月の頭の上にばさばさと書類を落とした。
「この前の公判の資料、やはり少し足りない。」
「ああ、そうですか!」
自然と声が高くなる。魅上の狙いは読めている。仕事にかこつけて自分に絡みたいだけだ。だが絶対相手をしてやるものか、と月は心に誓う。こんな男は知らないのだ。
「悪いが、今から追加してくれないか。こことここだ、」
用意のいいことに付箋の貼った箇所を長い指で指し示す。その指が、昨日の夜、自分の上をどう動いたかを瞬間的に思い出しかけて月は素早く書類に目を落とした。この男、昨日の夜は、確かに自分の思いのままだった…。
「夜神?」
半分捕らわれたまま、出来の悪い資料に無理やり意識を集中させる。それを作ったのは月ではない。流し読みしただけでも齟齬や抜けが見つかって気分が悪くなるがこれは自分の仕事ではない。
「担当者は僕じゃありませんし、僕は今別のケースの作業中なのですが?」
笑みが引き攣って凄みさえ醸し出しているのに、魅上は無表情にそれを見据えた。
「担当者は今日から休みだそうだ。それに夜神なら、こんなの2時間ぐらいですぐできるだろう」
悔しいことに月の責任感だとか、負けず嫌いのプライドとか確実に押さえてくすぐってくる。(こいつ絶対二重人格だいやもしかして双子かもしれないそれとも今は記憶喪失なのかはたまた昨日の夜が記憶喪失だったというのか!)激しい罵倒を脳内で繰り広げながら、勢いで書類をもぎ取った。
「分かりました!やればいいんですよね?やれば!」
ついうっかり口調が荒くなって、課内にいた人間が驚愕の表情を浮かべたことにも月は気がつかなかった。
「できたら連絡しますから、魅上さんはどこかでコーヒーでも」「いや、私はここで待っていてもいいのだが・・・「いえ、こちらからお持ちしますので、どうぞお引取りください!」
無理やり魅上を追い出して、月は鬼神のようなスピードでキーボードを叩き始めた。
(魅上の馬鹿!)
「項3:本件において使用された無線帯域は86…
(新幹線の時間まであと3時間もないのに、僕に仕事をさせるとはどういうつもりだよ!)
「警察庁内部で留保している帯域と一部重複するため…
(その上大晦日も仕事、元旦まで仕事ってどんだけ仕事が好きなんだよ!)
「特記事項として、被疑者は平成9年10月から平成12年3月まで警察庁情報技術解析課に在籍し…
(クソっ、僕をおいて帰りやがって)
「…証拠品としてアクセスログを提出する」
(…なんで庁内で会うときはあんなんなんだよ…!)
「以上!」
激しいタイピング音が鳴り止んで課内は一瞬静まった。プリンタに近づくと自然と人並みが割れて道が開けたが、月は何も気にせず資料を掴んでロビーに走った。
年の暮れも押し迫った大晦日に仕事をしている人間は少ない。いつもより閑散としている喫茶コーナーに目当てを見つけて歩みを緩める。月は、走ってきたとは死んでも思われたくなかった。人は少なかったけれど、それでも無人というわけではなく人目を気にしながらよそよそしく資料を押し付ける。
「これできましたから」
「有難う」
「じゃあ魅上さんとは今年の仕事納めですね。今年もお世話になりました。来年もよろしくお願いします」
言葉は殊勝なのに怖いほどの棒読みで言い終えると月は魅上に何も言う隙も与えず背を向けた。
「やがみ、」
何か言いかけた魅上に背中を向けたまま言い捨てる。
「魅上さん、新幹線の時間、間に合わなくなりますよ」
月は決して振り返らなかった。
自席に戻ると知らず緊張の糸が緩んだ。課内であまりだらしない格好はしたくなかったけれど、軽く頬杖ついて目蓋を伏せる。月と魅上は昨日の夜、久しぶりに会った。お互いキラとしての活動の他に、検事として警察官としての生活を行っている。生活するロケーションも離れている。アメリカにいる頃に比べればマシかもしれないが。数少ない偶然を手繰り寄せて、魅上の出張にかこつけて昨日の夜3ヶ月ぶりに会ったのだ。電話では頻繁に会話しているが実際会うのは大違いだった、と月はゆっくりと夜を反芻する。魅上の声が自分に触れるたびに少し上擦るのが面白くて、月は何度か笑い転げた。その様子にまた狼狽するのをどれだけからかったことだろう…。あまりにも楽しくて忘れていた。魅上は第三者の視線がある場所にいると豹変することを。最初にあった京都地検で、なんの衒いもなく月のことを夜神と呼び捨てた魅上にどれだけ驚いたか。別に他人がいるところでまで「神」だとか「キラ」だとか呼んで欲しいわけではない。ただあまりにも二人きりのときとギャップがあるので驚いただけ、と月は思い込もうとしていた。記憶は都合よく歪められて、そんな魅上にときめいた記憶も月本人はすっかり消去していたのだった。
ピピピピピッ
スーツの内ポケットに入れたプライベートの携帯が鳴る。見なくても分かる。時間から行って魅上だ。多分東京駅にいるのだろう。月は素早く立ち上がって非常階段の踊り場に向かった。
着信表示には番号のみだったけれど一瞬で魅上だと認識する。番号は暗記しているからメモリには登録していない。
通話ボタンを押して耳に押し当てようとした瞬間。デジタライズされて割れた駅のアナウンスとそれに被せるように更に大きい魅上の声。
「かみ〜っ!私の神!」
耳鳴りがして携帯を少し遠ざけた。
「−−−−っ、東京駅で神神怒鳴るな!」
「大丈夫です、帰省客がうるさくて誰も聞いてませんから!」
「お前のがうるさいんだよ!」
「先ほどはあまりお話できませんでしたのでっ!神が何かご不満があるのではないかと気になっていてもたってもいられなくなりました」
・・・喋り方というか発声法までさっきと違う気がする・・・。これが月が慣れ親しんだ方の魅上だった。さっきまでここにいた男は一体誰だったんだろうなあ・・・。月は遠くを見つめたくなった。
「神!どうかお声を!新幹線に乗ると2時間以上お声が聞けませんから〜」
「いつも仕事しているとき2時間以上会話なんてしないじゃん!」
「昨日会って一晩過ごした後なんです、禁断症状なんです!」
何故かその瞬間月は赤面した。馬鹿っぽいけど、嬉しい・・・。なんて思ったことは絶対言ってやらないけれど。
「僕まだ仕事中だから。じゃあね。ついたらまた電話して!」
それだけ言って容赦なく通話をきった。感極まったような声で「神っ!」とっ叫んでいるのが聞こえた、ような気がする。月は頬を押さえた。その手に少し、熱く感じた。自分から「電話して」と言ったのも初めてだったのだ。
その後月は「電話して」と言ったことを死ぬほど後悔する。30分おきに着信があるのだ。わざわざデッキに出てきてかけてくるらしい。
「浜名湖が見えてきました。夜のお菓子うなぎパイ今度買って行きますね」
「富士山が今日も美しいです、が、神のがもっと美しかったです!」
「今名古屋に着きました!」
「トンネルを抜けたら雪ですよ、雪!神といっしょに雪国へ行きたいです」
「あと10分で京都につきますのでまたか」
けますね!と続くであろう言葉の途中で月は通話を切った。ついでに電源も落とした。ほんとは12時になる瞬間電話で話していたかったのだけれど、それは諦めよう。調子に乗らせすぎた。と月は暗澹たる気持ちで自分の行いを後悔する。こんな大晦日になるとは思わなかった。もう取り返しがつかない。1日の朝、魅上の家に届くように今年はさっさと年賀状を書いて投函してしまったのだ。「電話して」の一言でここまで舞い上がるのだったら、あの年賀状を見たらどうなってしまうのだろう。恐ろしくて自分が何を書いたのかよく思い出せない。けれど「電話して」よりは気持ちを込めたはずだ。面と向かって言うなんてこの自分じゃ絶対無理だから、と敢えてハガキにしたのだから。もしかして1週間前の自分は小さな字で「好きだよ?」なんて書いてなかったっけ・・・。今から追いかけてハガキを取り戻そうか、どうしようか、月はずっと考え続けている。
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新年早々こんな馬鹿な話でごめんなさい。Yさんとメッセンジャーで照れクラの
話をしていたはずなのに、照れクラじゃないですし・・・!
とりあえず、照の「夜神呼び萌え」と「ツンデレ×ツンデレ」に注力してみました・・・。
こんなんで申し訳ないのですが、Yさんにささげます。
検事さんと警察官の関係はNH○のこどもニュースで調べました。曰く相談に
乗りあう関係らしですよ?月が書いてる資料は適当ですのでスルーでよろしく。。