旧SPKのメンバーが集う捜査本部に今日も月がやってきたとき、珍しくニアは一人で座っていた。
「他のメンバーは?」
月が問うのに、ニアは上の空で髪の毛を弄りながら答える。
「今日は休みにしました」
月の綺麗な眉が軽くあがった。
「捜査が休みなら僕は来る必要ないじゃないか」
帰るよ、といいながら踵を返したら袖口を掴まれて月は心臓が飛び出るほど驚いた。ニアはさっきまで数メートル先のおもちゃの城に立てこもっていたはずなのに。音もなくいったいどうやってここまで来れたのだろう。月がニアを見下ろすと、ニアが口の端を吊り上げた。多分それは笑顔に違いないのに、月は心底気持ち悪いと思った。顔の造作が悪いわけでもなく、見ようによっては整っているほうだとは頭では理解できる。しかしニアを見ると月はいつも気持ち悪さを覚える。それは暗いお化け屋敷の中でこんにゃくを顔にぶつけられた感触に似ている、と月は考えた。
月が気持ち悪がっているのをまるで知っているかのように、ニアは手のひらをライトの手のひらにあわせて下から覗き込む。自然に顎があがってしまうのを月はとめられなかった。
「月さん、話があるんです」
ニアの指が月の指に絡まる。何故こいつはこんなに小さいのだろうか、と月はふと思った。背格好も行動も、これではまるで子供と一緒だ。「縋る」という分かりやすいボディランゲージを月は振り払えなかった。
「話って何?キラのことか」
「いいえ、私のことです。私の秘密について月さんに知っていただきたかったのです。他の捜査員には聞かせたくないので休みにしました」
月の伏せられた目蓋の下で眼球がくるりと回った。ニアは一体何を言おうとしているのか。個人情報を明かすことは死への近道ということは誰もが知っていること。これは何かの罠なのだろうか、と月は考えをめぐらせる。
「・・・秘密なんて漏らさないほうが良いんじゃないのか?」
考えた末にそう答えた。聞くにしても自分から聞き出したのではないというポーズ。後で自分の秘密を聞きたがったなどと糾弾される事態などあってはならない。ちょっとひいて見せれば思った通り、ニアは言い募る。
「いえ、月さんだけには知っておいて欲しいのです」
「どうしても、っていうなら聞くけど?」
ニアは、何かを決意するかのように俯いた。
ニアは俯いたままずいっと月のほうへ一歩踏み出した。月が一瞬後ろに下がるように体重を移すのを繋げた手から感じた。しかしニアはより一層、月の手を強く握り締める。顔をあげることはできないが、きっと月は不愉快な顔をしていると思うと顔が緩みだすのを抑えることはできなかった。
「・・・私、実は病気なんです」
ニアの声は俯いているせいか籠って響いた。重篤めいた響きが演出されたことに満足して、ニアは俯いたまま口角を吊り上げた。月の顔を見たら笑い出してしまうだろう。
「なんの病気?」
「Merlin's sickness、なんです。奇病です」
これで分かるか、とニアは少しだけ不安を覚えた。しかし月はいつもニアの期待を裏切らなかったはずだ。
「年齢・・・遡行・・・?そんな馬鹿な、、、」
予想通り食いついてきたことにニアの笑みは深くなる。
病気、ニアが病気、思いも寄らない告白に月は動揺を自覚した。なんでこんなことを自分に告げるのだろう、これは罠か、年齢が遡行する病気なんて実際にあるもんか。なんとか会話をつなげなければ、と思った。
「いいえ、よくわたしを見てください。どんどん私は幼くなっていくんです、分かりますか?」
そこで漸く顔をあげれば、月が食い入るように自分を見つめてくる。ニアの心拍数が上がった。月の瞳がかつてないほど自分を見ている、自分だけを映している。
月は混乱していた。年齢遡行する病気なんて御伽噺と思っていた。しかしニアは確かに会うたびに顔が変化している気がする。体も丸みを帯びてきているし、言動だって・・・・。最初病気と言われたときは顔面が崩壊する病気じゃないかとさえ一瞬考えたじゃないか。
ニアの顔をよく伺おうと覗き込んだら、突然ニアは月の胸に顔を押し付けてしがみついてきた。
「このままだといつか0歳になって死んでしまうんです、、怖いんです、、月さん」
そのいたいけな様子に月は反射的に背に手を回した。弱い子供を守ろうとする本能が月には備わっている。わけの分からないままニアのことが少しかわいそうに思えてそうっと背をさすってやるとニアはより一層月にしがみつく。
(夜神月・・・・やっぱり馬鹿だ・・・マーリン病なんてあるわけないだろう)
もう歓喜を隠すことすらままならなくてニアはごまかすために、月のシャツに顔をぐりぐりと押し付けた。呆然とした月が下を向いたら、きっとそこに馬鹿にしたような笑みを貼り付けたただの19歳の男を見出しただろう。
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ブログに書いてたニア月をサルベージ。
マーリン病とは私の大好きなSF小説に出てくる病気です。
多分固有名詞。本誌のニアの顔がどんどん崩れているときに
浮かんだ妄想より。ニアはライトのことを馬鹿にしているつもりなので
自分がライトのこと好きなことに気がついていないのです。童貞だから・・・。